- 2007年7月10日 00:45
- 雑記
「坂の上の雲」を見つめてただひたすらに駆け上った明治人が居る一方で、坂の途中で後ろを振り返り、「ああ坂下の景色はとてもきれいだ」と坂を登ることに疑問を感じた明治人も居たのでした。
その主な人たちが文筆家と呼ばれる人たちでした。
明治の文豪、夏目漱石は「明治」についてその著書に於いてこう語っています。
明治の代は男子と雖も、文明の幣を受けて多少女性的になって居る夏目漱石「吾輩は猫である」より
八木独仙が婦人の会で講演した時の言葉です。「女性的」というのは、物事に対して回りくどい手段と取るということです。(当世なら漱石は女性蔑視でたたかれます。)
さらに、
明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰返している夏目漱石「三四郎」より
漱石が明治44年に行った講演「現代日本の開化」でも、同じ様なたとえを用いながら、「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」と述べています。
でも、もっと過激なのは徳富蘆花で、
日本の政事は薩長のわっぱが紊して、日本の空気は薩長の吐き出す毒瓦斯に腐れきって居る徳富蘆花「黒潮」より
明治政府は陛下に大不忠、人民に大不義の亡国政府と見る
これは鹿鳴館時代の日本の政治に憤る東三郎(谷干城がモデル)の言葉です。
そして、永井荷風はこう云います。
改良でも進歩でも建設でもない、明治は破壊だ。旧態の美を破壊して一夜作りの乱雑粗悪を以て此れに代えただけの事だ永井荷風「新婦朝者日記」より
それでは「美しい国、日本」を破壊したのは西洋化思想の「明治」であるということなのでしょうか。
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