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日清戦争、戦没者第一号

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1894年(明治27年)7月16日、陸軍省日清戦争で初の戦死者が出たと発表しました。

朝鮮の仁川から広島の宇品へ送還される船中で亡くなった野間田若松一等兵で、公示された戦死者の第一号とされます。なお、海軍初の戦死者は、同年9月17日、黄海海戦で敵弾を頭部に受けて死んだ赤城艦長坂本八郎太とのことです。

しかし、戦争遂行にとってもっとも重要なのが、戦没者の葬儀でした。明治政府は日本の損害状況を知られることを恐れたのか、開戦当初は戦没死者を公表していません。戦争の行方に自信のなかった政府は、国内の不安を増長させ、厭戦気分を蔓延させる戦死者の公表を躊躇していました。

しかし、戦局が有利となると政府は在野からの批判を恐れる必要がなくなったのか、態度を一変させ、戦没者名簿の公表に続いて、戦没者葬儀を通じて忠君愛国心を植えつけ敵愾心を煽り、国民を積極的に動員し戦争協力体制を築く手段として活用することになります。

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