- 2007年7月23日 00:11
- 1895年(明治28年) | 正岡子規
子規のからだは、しんのたしかなところがあるらしい。神戸病院にちょうど二か月入院したが、喀血もおさまり、あとは須磨の保養院で転地療養するようになった。『坂の上の雲』(須磨の灯)より
「卯の花の咲くころに入院したが、もう町をゆくひとが単を着ている」
と、病院の玄関を出た子規はいった。
写真は当時の須磨海浜保養院ですが、現在はありません。その跡は須磨浦公園みどりの塔の辺りとなります。

日清戦争従軍の帰途発病し、5月23日以来神戸病院に入院していた子規は、6月下旬から快方に向かい、入院以来二ヶ月目に神戸病院を退院します。
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