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東郷平八郎の厄年

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1886年(明治19年)、海軍大佐に昇進した東郷平八郎は、翌年から急に健康を害し、しばしば湯治に出かけています。(当時40歳)

日高は、おなじ薩摩人として東郷という人物が、どれほどの才能があるかはほぼ知っているつもりであった。あれは日清戦争の直前、大佐で予備役に編入されかかった男ではないか。病身でよく休む、ということが予備役編入名簿に入りかけた理由だが、有能ならいかに病身でも整理リストに入るはずがないのである。
坂の上の雲』(風雲)より

いわゆる、東郷平八郎の一生涯中の明治20年から明治22年にかけては、厄年に相当する時期でした。

ちなみに、その病気の遍歴を列記しますと、

【41歳のとき】
 1月7日から2月13日まで病気保養のため熱海温泉入浴
 7月7日病気引入
 7月8日から3週間塩原温泉入浴

【42歳のとき】
 3月27日から、病気のため2週間引入
 10月28日から、気管支加多答症のため2週間引入
 11月から12月にわたり病気保養のため3週間湯ヶ原温泉入浴

【43歳のとき】
 6月12日、紛瘤摘出創傷のため1週間引入
 11月18日から3週間、病気保養のため湯ヶ原温泉入浴

と、普通の人なら意気沮喪し、その前途は悲観するものであります。

しかし、東郷平八郎は逆境にもめげず捲土重来し、そのひたむきな姿勢が認められて、遂に連合艦隊司令長官に抜擢されるのでした。

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