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明治天皇崩御、明治の終焉(明治45年)

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不予
聖徳記念絵画館 壁画「不予」
田辺至  筆
東京府 奉納
明治45年7月
宮城正門前

1912年(明治45年)7月、第3回日露協約の審議に臨んだ明治天皇はいつになく姿勢が崩れ、たびたび睡魔に襲われました。その後も不整脈や倦怠感をおして執務を続けた天皇ですが、7月19日の夕食の際に「目が霞む」と訴え倒れ、病床に就いた。

翌朝、東京帝国大学教授青山胤道と三浦謹之助の診察の結果、尿毒症と判明し、元老・閣僚らに「実に危険の体」であることが報告されます。崩御は避けられないと判断した政府は、「天皇は去る14日からご病気のところ、昨今御重態」と国民に病状を公表することとし、宮内省は一日数回の病状発表を行います。

平癒を祈る女性

二重橋前には平癒を祈る人々が集り、宮内省は25日、徹夜組のために電灯を終夜ともすことを決めました。

天皇の症状はしだいに衰弱が加わり、28日午後には重体に陥いる。29日夕方、天皇はついに危篤に陥り、午後10時43分、心臓麻痺のため崩御しました。御年61歳でした。

号外

ただ、天皇の崩御は公式には「7月30日午前0時43分」と発表されます。これは「朝見改元等大典の準備に鑑みたるもの」ということになります。

夏目漱石は、小説「こころ」のなかで明治の終焉について述べています。

こころ夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。其時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったやうな気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、其後に生き残っているのは必竟時勢遅れだといふ感じが烈しく私の胸を打ちました。

夏目漱石著『こころ』より

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