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日本、清国に宣戦布告(明治27年)

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1894年(明治27年)8月1日、日本国は「清国に対する宣戦の詔勅」を公布し、宣戦が布告されます。

日清両国は甲午農民戦争の鎮圧を名目として6月に朝鮮に出兵し対峙を続けていましたが、日本は7月16日に日英通商航海条約に調印するや、7月23日、日本軍はソウルの朝鮮王宮を占領し、7月25日には牙山湾の豊島沖で清国軍艦を砲撃し、陸上でも成歓で29日に戦端が開かれれていたのでした。

さて、ここで日清戦争の開戦日をめぐる問題が政府内部で起こります。

それは、開戦日がいつなのかということで、

  • 軍令に基づき連合艦隊佐世保軍港を出港した7月23日とする説
  • 豊島沖海戦の7月25日とする説
  • 列国を局外中立とさせるため国際法上および外交上の開戦と認定された交戦通告書を交付した7月31日とする説
  • 宣戦詔勅を形式的に日付を遡及させて公布した8月1日とする説
  • 実際に閣議決定し天皇が裁可して公布した8月2日とする説

と、五つの説が浮上します。

ここで重要とされたのは、陸軍省より、開戦前の戦闘は軍人にとっては給与・恩給による戦時加算が考慮されないことと、戦時法の適用にも影響を及ぼすという提議でした。

対応に苦慮した政府は、それでは実際に戦闘が開始された日を開戦日と定めるとし、特にイギリスとの外交紛争とまでなった高陞号事件が国際法的にも清国に対する開戦と認定されたこともあり、7月25日の豊島沖海戦日清戦争の開戦日と定めます。

なお、明治天皇の「清国に対する宣戦の詔勅」は日本国民に向けた発表であり、清国政府に対して公布された宣戦布告文ではないので、宣戦布告とみなされないという意見もあります。実際には列国を局外中立とさせるため国際法上および外交上の開戦と認定された交戦通告書を交付した7月31日を宣戦布告とするのが正しいといわれます。

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