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落語界中興の祖、三遊亭円朝

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1900年(明治33年)8月11日、落語家の三遊亭円朝が、脳膜炎のため、下谷車坂町の自宅で亡くなります。享年62歳。

三遊亭円朝

この円朝、『坂の上の雲』では小村寿太郎の逸話の引き立て役で登場しています。

坂の上の雲〈2〉あるとき大隈は自邸で盛大な晩餐会をひらき、元老、大臣、次官、局長といった大官連中を招待した。
その席に、落語家の円朝が余興をやるためによばれ、酒席の末席に侍った。
正面には、枢密議員長の伊藤博文がすわっている。伊藤が、
「円朝、盃をやろう」
と、左手をあげた。が、末座の円朝は身分を考えて恐縮し、ひとのかげにかくれ、頭をさげたまま前へ出ようとしない。そのとき小村が、
「円朝、出るのだ。なにを遠慮することがある」
と大声でいった。そこまではよかった。
「この席に廟堂の大官がずらりとならんでいるが、このなかで当代もっとも偉いのは貴公ではないか。元老も大臣もいま死んだところであとに偉い後継者がひかえて(自分のことであろう)いるが、貴公に後継者があるか。ないだろう。だから円朝、堂々と前へ出ろ」

坂の上の雲』(日清戦争)より

円朝は落語家橘家円太郎の子として江戸に生まれ、9歳で父の師の二代目三遊亭円生に入門。一時廃業後、1855年(安政2年)円朝と改め復帰し、真打となります。派手な衣装、演出で人気を得る。『真景累ヶ淵』や『怪談牡丹灯籠』などを創作芝居噺・怪談噺・伝記物の創作落語を得意とし、名人とうたわれました。

「近代小説の祖」二葉亭四迷も円朝の影響を受け、円朝口演の速記本(語り口調をそのまま活字にした文体)を参考にして、文末に「だ」調を用いた言文一致体の写実的な心理小説『浮雲』を執筆しました。

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