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長岡外史のハイカラ「師団長官舎」

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旧師団長官舎
旧師団長官舎(新潟県上越市ホームページより転載)

ただ今、新潟県上越市にある明治時代の西洋建築物「旧師団長官舎」で
「なつかしの写真展~あの日、あのころ~」が開催されています。

「旧師団長官舎」は、1910年(明治43年)に、当時の陸軍第13師団長長岡外史中将によって建てられた洋風木造建築物です。1991年(平成3年)までは自衛隊高田駐屯地の宿舎として使われていましたが、明治の貴重な洋風建築の保存のため、市が移築、復原したものです。

さてここで、この「師団長官舎」にまつわるエピソードをご紹介します。

長岡外史中将が高田の師団長であった時、乃木希典が出張でこの官舎に泊ります。
その時、ハイカラな長岡中将は白羽二重の寝具を乃木の為に出しました。
しかし、質素を旨とする乃木にとっては、立派な蒲団では寝つきが悪くなるそうで、

「立派な寝具はありがたいが、わしの体にはシラミがわいているから、別のを出してくれ」

といって、長岡中将の気持ちを無にしないように断ったと云います。

続いて、長岡外史の後任としてこの官舎に住むことになったのは秋山好古でした。
秋山好古は、ビールに浮いている蝿まで飲み込むという野人であったので、このハイカラな官舎を見て驚きます。

ちなみに秋山好古は赴任する時に、師団から何を準備して置けばいいかと、聞きに来た時、

「一升徳利と鍋だけあればええ」

といったぐらいの人で、結局のところ在任期間中は自分の部屋の外は全部締め切って使わなかったと云います。そして自慢の白羽二重も着ることはなかったのでした。

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