- 2007年8月24日 00:28
- 1894年(明治27年)
「デパートのパイオニア」と言われた日比翁助が三越支配人となったのは1894年(明治27年)末でした。日比は慶応大学卒で、三井の大番頭となる池田也彬とは旧友で、三井銀行を経て1898年(明治31年)、41歳で三越に入りしました。
彼は池田也彬の協力を得て、三井銀行から資金を出してもらい、ハイカラな洋式建築、様式売場へのプロジェクトを推進します。さらには、三越の美人画ポスターをいっそう派手なものしました。
映画もない時代では、芸者がスターであり、プロマイドも芸者のものしかなかったので、当時は美人の代表といえば彼女たちでことでした。これに目をつけた日比は自ら花柳界で遊んで美妓をつかまえ、そしてくどきおとしてモデルになってもらうのでした。
また、日比は日露戦争中に旅順が陥落すると、戦勝を祝う花自動車を走らせるような俗なこともやったり、凱旋した東郷平八郎元帥や黒木為楨将軍をタレントなみに招待して、話題づくりに徹します。さらには欧米をまわり、新しいデパートメント方式をとり入れてゆきます。
明治41年にルネッサンス様式の木造三階建てを完成させ、そして屋上にこしらえた庭を「空中庭園」と命名します。この時の新聞広告のキャッチフレーズが、
「帝都は正に天然の花をもっておおわれたり。三越はいまや人工の花をもって満たされたり」
とし、三越は全盛を極めます。
- Newer: テレビ業界初の3時間ドラマ『海は甦える』
- Older: 日本軍はじめての反乱事件、竹橋事件
Comments:1
- hito 2007年8月30日 08:59
戦艦三笠、三越呉服店と言うと 明治四十一年に 軍艦三笠の艦材で造られた小物(木製品)が壱万個作られて三越呉服店から売られた事を御存知ですか。
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u13855663
http://page11.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/n52982507



