- 2007年12月 5日 22:43
- 秋山真之
今週12月9日のNHK大河ドラマ「風林火山」は、いよいよクライマックスの「死闘川中島」です。
川中島に深い霧が出ると聞いた甲軍の軍師山本勘助は全軍を二手に分け、12000の別働隊が、上杉謙信(越軍)の立てこもる妻女山に奇襲をかけ、信玄率いる8000の本隊は八幡原の麓に待ち構え、追い落とされた敵を別働隊とで挟み討ちにするという「啄木鳥(きつつき)の戦法」を打ち立てる。
しかし、この動きを先に見抜いた謙信は、濃霧をついて、八幡原に布陣した甲軍の本営をめがけて突如殺到し、不意を撃つ。武田軍は中・左・右の三備の他に旗本の先備、左右の脇備、計六備の鶴翼の陣を敷いていたが、これを謙信は「車懸かりの戦法」にて切り崩し、信玄の旗本に討ち入っては、信玄の嫡子義信のに傷を負わせ、信玄の弟信繁を討ち取り、軍師山本勘助を倒して首級5000をあげる。
この乱陣の中を駆けめぐっていた謙信は、愛刀の順慶小豆長光を抜き払い、真一文字に、信玄の本陣へ斬り込んだ。信玄の本陣には近侍のものがわずか十数名。謙信は駆け寄りざまに流星一閃、信玄に一撃を加え、つづいて二の太刀、三の太刀を加える。信玄は刀を抜くひまなく、軍扇で辛くも受けとめたが、すでに肩先を斬られていた。
この時、近侍の原大隅守虎義が、信玄の青貝の長槍をひねって、謙信の総角と思うところを見上げざま突くが、鎧が堅く突き抜けず、その返す槍で甲の錏より綿噛にかけ、拝み打ちに何度も打った。打たれた馬は驚き狂奔したために、謙信は信玄を打ち損じる。そして甲軍別働隊が八幡原に駆けつけたために、不利とみた謙信は戦場を引揚げる。ときに謙信32歳、信玄41歳。
さて、この上杉謙信のとった敵の先鋒に対し、味方は車輪の舞うようにつぎつぎに新手をくりだしてたたく循環攻撃法「車懸かりの戦法」について、秋山真之はこう述べています。
順撃法の一種にして比較的有利なる戦法は、循環攻撃法なり。
此法に依るときは攻撃部隊循環交代するが故に、各部隊十分に其戦闘力を発揮し、攻撃を終りたる部隊は暫く休憩して、鋭気を養ひ且つ戦闘の被害等を復旧し得るの利あるのみならず、敵に対する攻撃を間断なからしめ、遂に我が連続の攻撃に耐へざらしむるに至る。
我が戦国時代の陸戦戦法中敵の堅陣を破るものとして世に伝へる「車懸」の攻撃法の如きは、此の循環攻撃の原則を応用せるものの如し。
艦隊の海岸要塞戦等に於て一砲砦より順じに撃破せんとするが如き場合には、此法を用ふるを最も有利なりとす。
秋山真之は甲越の争いに非常に興味を持っていたらしく、性格としては、信玄よりも謙信の方が好んだと云います。真之は日本海海戦において昼と夜と新手の軍を順繰りに繰り出して、敵を殲滅する「七段構えの戦法」を樹てますが、これは謙信の「車懸かりの戦法」を応用したものです。
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- ひめぶろぐ運営事務局 2007年12月30日 18:07
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