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スケート競技初めて開かれる

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スケート
諏訪湖氷上で行われたスケート競技会

日本で初めてスケート競技が行われたのは、1908年(明治41年)2月11日の紀元節当日で、長野の南信日日新聞社が主催となり、諏訪湖上で1周10マイル競争というのが催されました。これがスケート競技の最初の記録となります。

温泉は近くにあるし、諏訪湖は氷結してスケートに絶好だとして、同地への避寒の外人客がスケートを始めたのは明治37、8年の頃でした。それが地方の人々を刺激し見様見真似でスケートをやる人々が段々と増え、ここに初めて地元の人々を中心とするスケート競争が行われたのでした。

この競技は毎年行われ、1911年(明治44年)の第4回スケート競争に、東京から三島弥彦、二荒芳徳両氏が、ウィンスロー会社製のフィギュア用スケートを履いて、この競技に参加し、地元の人々にたいへん歓迎されたと云います。

1923年(大正12年)には諏訪湖上に正式に500メートルのトラックを作り、本格的な最初のスケート競技会を催しています。この時初めて岡谷の潤間留十、正見兄弟が、ノルウェー製のスピード用スケートを履いて走ったのでした。

フィギュアの方は、その前年の1922年(大正11年)、同じ諏訪湖上で日本スケート会が主催となり、約10名の選手が参加して、1等が五代正友(帝国大学)、2等平川一郎(松本高校)、3等小澤重武(上諏訪)という成績で、この時初めて審判制度をとっています。

もっとも明治22年、3年の頃には、新渡戸稲造博士が洋行土産として、米国ウィンスロー会社製の金属製スケートを持ち帰り、仙台ではこれを見本に仙台スケートなるものを作って滑っていたと云いますが、あくまでもこれを競技化したのは明治41年の長野が最初となります。

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