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日本最初の乗合自動車、広島市に開業

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乗合自動車
乗合自動車

日本最初の乗合自動車開業の地は、東京か大阪かと思えばさに非ず、交通文化の最先端を切って自動車の乗合客を呼んだのは広島市です。1905年(明治38年)2月5日、広島市の横川から可部町間に運転開業式を挙げた事が、中国新聞(第3819-21号)に詳しく掲載されています。

開業式場に於ける吉田真一という人の演説によりますと、同氏はアメリカから自動車一台を購入して帰朝、初めて自動車による旅客の運輸を計画しました。広島地方ではもちろん帝都東京でも自動車そのものが滅多に見られなかった時代のことであり、土地の人々にも大変な人気で迎えられました。もちろんその時分の幼稚な自動車ですので、ガタガタの荷車が自動式に走ると想像して下さい。それでも思いがけない乗合自動車の出現によって最も脅威を感じたのは乗合馬車の営業者でした。

何しろ横川、可部町間四里の間を40分のスピードで走り、一人の賃金24銭、定員24名、一日数十回でも往復しようというのだから、お客の多数がハイカラな自動車に奪われることは、ちょうど人力車が流行り出した明治初年、駕籠屋に多数の失業者を生じたような結果になりはしないかと、早くも翌6日の夜には一台の乗合馬車が営業妨害を企てました。

すなわち6日の午後7時ごろ、超満員の客を載せた乗合自動車が八木峠の北に差しかかると、道路一杯に一台の馬車が横たへてあるのに出遭い、当時の光の弱いヘッドライトでそれと気づいた時には既に遅く、急ブレーキをかけたが、あわやという間に衝突して自動車は道端に転落、片輪は外れて田の中にころがり、運転手も投げ出されたが、幸い乗客にケガもなく、田の中から起上がった運転手と乗客とが協力して、乗合馬車の馭者を引捕へ、最寄の警察分署に引き渡したという事件が起こりました。

一般市民も自動車に同情し、新聞記事も乗合馬車の無謀の挙を攻撃したので、それ以来妨害事件も再発せず、自動車も修繕して2月8日から滞りなく運転を再開したと云います。

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