- 2008年4月 8日 00:14
- 1900年(明治33年)

1900年(明治33年)4月8日、山陽鉄道に寝台車が登場しました。
路線の長距離化に伴い、夜行列車(夜汽車)が運行されるようになり、夜中に眠りながら陸上を移動するという、新しい旅を快適にするため、明治30年代以降には寝台車が登場します。
その先陣をきったのが、山陽鉄道で、一等車一両を食堂車と半分ずつ使用した寝台車を導入します。
定員は16人で、料金は破格の2円。
明治33年頃の教員の初任給が8円の時代ですから、庶民にとって、寝台車は高嶺の花といえました。
この頃の川柳に、
「寝台車のぞくまいぞえ目がはれる」
とあり、寝台車はとても豪華な造りであったことがうかがい知れます。
彼らは、仕方なく三等車の硬い座席で我慢しなければなりませんでした。
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