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前将軍徳川慶喜、水戸へ退去

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1868年(慶應4年)4月11日という日は、江戸に三つの大きな事件がありました。

 一つは、江戸城が完全に明渡されたこと

 一つは、榎本武揚大鳥圭介らの幕臣が海陸両軍を率いて江戸を脱走

 今一つは、前将軍徳川慶喜が水戸へ都落ちしたこと

でした。

上野の大慈院に謹慎中の徳川慶喜は、江戸城明渡しと共に水戸へ退去の約定を履行して、護衛の隊士わずかに数十人、見るからに顔色憔悴して肉落ち髭は伸び、華やかなりし去年の姿はどこにやら、黒木綿の羽織に白の小合の袴、麻裏草履に端然として歩を移します。

見送る者何れも涙を袖に絞らぬ者はなかったと云います。

徳川慶喜はこうして恭順の意を表わしましたが、主家を思う幕臣たちは、おいそれと急には納まりませんでした。先にも述べました通り、榎本武揚軍艦7隻を率いて、房州館山に脱れ、密かに再挙を謀ります。また歩兵奉行の大鳥圭介も、向島の報恩寺に協議し、軍隊を率いてひとまづ市川に逃れます。

なお、彰義隊の士が、幕軍の残党を糾合して上野の山内に屯集するに至ったのもこの時からになります。

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