- 2008年5月13日 00:01
- 1869年(明治2年)

三条実美
公職選挙法という選挙法が設けられて、明治新政府の要路に当る役人の選挙が初めて行われたのが、1869年(明治2年)5月13日の事でした。
徳川幕府が瓦解して、王政復古の明治新政府が樹立したものの、まだまだ旧弊は一掃されず、維新政府の顕官には藩閥的色彩が濃厚で、世間でも兎角の評がありました。
そこで大久保利通の建議に依り、三等官以上の役人に選挙権を与え、補相という今の総理大臣格を始めとして、議定や参与、知事などに到るまで、公平は選挙法によって定められました。
その開票の結果、最も徳望の高かった三条実美公が補相に当選、岩倉具視、徳大寺実則、鍋島直正の三氏が議定に、東久世通禧、木戸孝允、大久保利通、後藤象二郎、副島種臣、板垣退助の六氏が参与に当選します。
当時の知事というのは、大体今の大臣格に相当し、神祇官、民部官、会計官、軍務官、外国官、刑法官の各官知事が置かれ、その他に学校知事、内廷職知事、東京府知事などの各知事が、初めて選挙によって定められました。
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Comments:2
- みっちゃん 2009年6月29日 17:35
はじめまして、失礼します!
掲載されている三条実美の写真ですが、
もしわかりましたら、
所蔵先など教えていただけませんか?三条実美の写真を集めていまして。
よろしくお願いいたします。
- みっちゃん 2009年6月29日 17:39
はじめまして、失礼します!
掲載されている三条実美の写真ですが、
もしわかりましたら、
所蔵先など教えていただけませんか?三条実美の写真を集めていまして。
よろしくお願いいたします。



