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東郷平八郎、イギリス留学より帰国

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東郷平八郎
英国留学中の東郷平八郎

海の英雄東郷平八郎が、23歳でイギリスに留学してから、7年振りに日本へ帰国したのが、1878年(明治11年)5月22日の事でした。

見習士官としてイギリスに渡り、ポーツマスの湾内に浮ぶヴィクトリー号の傍に投錨している海軍士官学校の練習艦ウースター号に乗組み、海軍練習生として日夜課業に服し精励大いに努めたのでした。

ちなみにヴィクトリー号とは西暦1805年、トラファルガーの海戦で、ネルソン提督がフランスと戦い「英国は各自其本分を尽くすを期待す」という千載不朽の信号を掲げて敵艦隊を粉砕、その身も敵弾に貫かれたという一大栄誉に輝く軍艦です。

東郷平八郎は東洋人の識別がよくできないイギリス人の学友から、「ちゃんころ」(ジョニー・チャイナマン)と呼ばれていましたが、彼らは後に東郷が「東洋のネルソンと呼ばれる未来の大海将になろうとは予期し得なかったようです。

留学中に東郷を最も悩ませたのは、日本国内での西南戦争による西郷反乱の知らせでした。知らせはケンブリッジ留学中の東郷に届き、家族への忠誠からすれば、直ちに帰国して西郷のために戦うべきである。だが一方で、最終的には明治天皇への義務があり、それを果すためにイギリスに残るべきであると彼の心は葛藤に苦しみます。

東郷はこの頃激しい眼精疲労を病み、一時は海軍軍人への道をあきらめねばならないかと心配されたようです。東郷平八郎は、さんざん悩んだあげく、ついにイギリスに留まって訓練を終了する決心をするのでした。

その後遠洋航海の実習をも済まし、イギリスで新しく建造した軍艦比叡に乗組み、海路恙無く横浜へ入港します。

比叡
軍艦「比叡」

無事帰国した東郷でしたが、実兄荘九郎実次は西南戦争の西郷軍に参加して、明治10年9月24日、鹿児島の城山で華々しい戦死を遂げていたので、彼の帰朝を歓迎すべき兄の姿に接する事はできませんでした。

帰国間もなく同年7月3日には栄進して海軍中尉に任ぜられ、これより英国仕込みで思う存分、海軍のため活動を始めたのでした。

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