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ドイツ皇帝博愛記念碑

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ハンブルグ出帆のドイツ商船ロベルトソン号が、1873年(明治6年)6月15日、沖縄県宮古島沖で台風に遭難、同17日夜半宮古島の宮国村東沖の暗礁に乗上げているのを、18日の朝発見されます。

そこで在番所の役人と通訳1名及び島民は、片片たる二艘の刳り舟を操り、激浪の中をロベルトソン号に漕ぎつけ、決死の作業を続けて漸く生存者8名を救助しました。遭難者のため、特に在番所を開放して寝食を与え、元気回復すると更に官船一艘を与えて福州(福建省)へ出帆させたのでした。

時のドイツ皇帝ヴィルヘルム一世は、同島民の決死の救助に感激し、1876年(明治9年)2月21日、軍艦チクロープ号を宮古島に派遣し、感謝状と大理石の記念碑を贈りました。

碑は同島の親腰(平良市)の地に建設されましたが、月日が流れると島民の記憶からも殆ど忘れられてしまい、美談の石碑は草深く隠れてしまい振り返る者もありませんでした。

昭和4年、勧業銀行那覇支店長の松岡氏がこれを発見して、その石刷を荒木大将に贈ったことから、俄かに埋もれていた美談が復活し、折からの日独親善に顕彰運動さえ起こり、昭和10年には国定教科書に「博愛」と題して採用されるに至ります。

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