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前島密、郵便事業視察に出帆

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前島密―前島密自叙伝 (人間の記録 (21))

郵便制度の産みの恩である前島密が、西洋諸国の郵便事業視察のため、横浜を出帆外遊の途に上ったのが、1870年(明治3年)6月23日の事でした。

元々郵便制度は欧州から起ったもので、時の駅逓頭前島密も一度は是非洋行して、外国の郵便事業を視察したいと熱望していました。

その矢先に外遊を命ぜられたのだから、文字通りに渡りに船と、早速この日アメリカの汽船で横浜を出帆したのであります。而も幸いなるかな、乗り込んだ船が郵便船だったので、航海中先づ船長相手に、郵便切手に用いる消印の研究を始めるという熱心振りでした。

この時の洋行に依って、初めて切手にミシンを入れる事や、ゴム糊をつけること、或は封書の外に簡易で便利な葉書の制度がある事を学び得たと云います。

イギリスの租税局で、切手の孔(あな)を明けるミシンの機械を見て、

 「なるほど、これは便利なものだ」

と、是非日本に貰って帰りたいと思いましたが、旅費さえ充分に支給されていませんでしたので、購入を諦めざるを得ませんでした。

切手の印刷にしても、日本の幼稚な木版とは違って、西洋では銅版彫刻で印刷される。要するに当時の文化の程度が、日本と西洋の先進国では、到底比較にならぬ事を痛感して帰国したのでした。

帰国すると直ちに改良の実際に着手した。ミシンの機械の代りに、銅鉄製の櫛のような物を拵えてそれを槌で打って小孔を明ける、孔を明けるというより寧ろ突傷を付けるようなものでした。

それでもそれ迄の鋏で切るよりも一段の進歩だと言って喜ばれた。

前島密が日本の郵便創業時代の苦心は、その例を挙げると切りがありませんが、切手の孔の如きは、ほんのその一例に過ぎません。

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