- 2008年7月 1日 00:01
- 1871年(明治4年)
西郷は山県の説明するのを最後まで待たず、
「その話なら異存は無い。大賛成だが木戸さんの意見はどうか?」
と訊ねます。すると山県は、
「貴公が賛成してくれるのなら、木戸さんにも異議はあるまいが、とくかくこれから訪ねてみる」
と言って引上げたのでした。
一方、長州の鳥尾小弥太と野村靖の両人は、同じ日に井上馨を訪ねて、藪から棒に、
「今日は貴公の首を貰いに来た」
と激しい権幕を見せた。しかし、当の井上は驚くかと思えば、
「首をやる位の事はいとお易い御用だが、そんな必要もあるまい。多分貴公達は「廃藩置県」の事で来たのであろう。その事なら私も大いに賛成じゃ」
「えっ、それでは賛成下さるか、我々は多分反対の第一人者だと考えて、首を取るつもりで来たのに」
と頭を掻きながら
「就いてはお願いがあります。木戸さんを説いて賛成さして頂き度い」
という話であった。
井上は軽く頷いて直ぐに木戸孝允を訪ね、即座に同意を得て、7月9日には早くも木戸の屋敷に於て、廃藩置県に関する秘密会議が開かれ、当日は大暴風雨にもかかわらず、西郷隆盛、西郷従道、大山巌、大久保利通、その他前記の山県、井上、木戸らが会して一大協議が開かれたのでした。
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