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山県有朋、西郷隆盛を訪ね、「廃藩置県」を説く

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山県有朋

明治新政府は、税制や兵制の改革、政府内部の対立、不平士族や農民らの不穏な動きによる地方の動揺などの問題を解決するために、強力で集権的な政府を樹立する必要に迫られていました。

山県有朋は「廃藩置県」の必要を痛感し、西郷隆盛を訪ねて同意を求めたのが1871年(明治4年)7月1日の事でした。

西郷は山県の説明するのを最後まで待たず、

「その話なら異存は無い。大賛成だが木戸さんの意見はどうか?」

と訊ねます。すると山県は、

「貴公が賛成してくれるのなら、木戸さんにも異議はあるまいが、とくかくこれから訪ねてみる」

と言って引上げたのでした。

一方、長州の鳥尾小弥太と野村靖の両人は、同じ日に井上馨を訪ねて、藪から棒に、

「今日は貴公の首を貰いに来た」

と激しい権幕を見せた。しかし、当の井上は驚くかと思えば、

「首をやる位の事はいとお易い御用だが、そんな必要もあるまい。多分貴公達は「廃藩置県」の事で来たのであろう。その事なら私も大いに賛成じゃ」

「えっ、それでは賛成下さるか、我々は多分反対の第一人者だと考えて、首を取るつもりで来たのに」

と頭を掻きながら

「就いてはお願いがあります。木戸さんを説いて賛成さして頂き度い」

という話であった。

井上は軽く頷いて直ぐに木戸孝允を訪ね、即座に同意を得て、7月9日には早くも木戸の屋敷に於て、廃藩置県に関する秘密会議が開かれ、当日は大暴風雨にもかかわらず、西郷隆盛西郷従道大山巌大久保利通、その他前記の山県、井上、木戸らが会して一大協議が開かれたのでした。

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