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不平等条約の改正

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陸奥宗光

1899年(明治32年)7月17日、諸外国との条約が改正実施され、日本が欧米諸国と対等の位置に立つ事になりました。

それまでの条約は、皆外国に勧められて結んだものであったので、日本の面目や利益を損う箇条が少なくありませんでした。中でも日本に居住する外国人の裁判は、日本の裁判官に依らないで、その国の領事がこれを行うという制度でありましたから、日本人には常に不利な裁判が行われたのでした。また外国から輸入する品物に対しても、自由に税を課する事さえ出来ませんでした。

条約改正の運動は、明治4年岩倉大使一行の渡欧に始まっていますが、その後久しく問題にならず、陸奥宗光が外相当時大いに努力したお陰で、日清戦争中問題は頂点に達し、めでたく平等条約の実施を見るに至ったのでした。

条約が改正施行され、外人の内地雑居が許されたこの日、横浜の元居留地に於て、アメリカ人のロバート・ミラーなる者が銘酒屋にて外人1名及び日本人2名を殺害した事件が起こります。ミラーが捕われた時は雑居後初めての外人捕縛のため巡査は尻込みし、留置場ではナイフを使えぬためパンを細く切ってこれを与えたそうです。

しかし、この事件は初めて日本の裁判官が審判する新例が開かれ、外人の公判は開国以来初めてのことなので大々的に報道されました。ミラーは8月19日死刑を宣告され、控訴しますが、東京控訴院でこれを棄却、翌年に死刑が執行されています。

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