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能楽の復興

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1869年(明治2年)7月29日、明治最初の盛大な能楽が、赤坂の紀州藩邸で演じられました。

江戸時代、能楽は徳川幕府により庇護されていましたが、幕末から明治初年にかけての多事多難により、ほとんど能楽などに振り返る者も無く、全く衰退の危機に瀕していました。

賢明な政治は「礼楽(礼節と音楽)」重んじるとの儒教の伝統に従い、幕府は能を「楽」として庇護した。幕府の崩壊で、能の将来は危機に瀕した。能役者の中には、徳川家に随従して静岡へ「都落ち」した者もいた。しかし静岡に、能舞台の慣習はいなかった。ほとんどの能役者は、他の職業に鞍替えした。東京に残った一握りの能役者だけが、能の維持に努めた。未だ在京していた旧藩主たちは時折、賓客へのもてなしに能を利用した。しかし旧藩主たちが領地に帰ってしまった後、能役者は完全に庇護者を失った。

ドナルド・キーン「明治天皇」(早蕨の典侍)より

しかし、イギリスの第二皇子アルフレッド殿下(エジンバラ公)の来朝により、長旅を癒すために、日本固有の芸術として「能楽」を御覧に入れたら如何かという事になり、外国係総裁伊達宗城が、宝生九郎、金剛右近、喜多六平太、観世銕之丞等の名人を招き、赤坂の天下第一の名園と謳われた紀州藩邸で演じることになったのでした。

ここに能楽再興の機運を見出したのでした。

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