- 2008年8月 2日 02:24
- 雑記

写真は白川義則大将とその令妹船田操女史
白川義則大将は、実に秋山好古の教えをよく守った人で、別名「小秋山」と呼ばれるぐらいの人でした。
その白川大将には美人の妹さんがいて、幼少の頃は兄妹でメダカを掬いに行ったり、凧を上げたり、相撲を取ったりして、周りが見てもそれはうらやましいほどの仲の良い兄妹であったと云います。
この妹さんの名を操(みさお)さんと言いますが、後に船田家に嫁いだ彼女は、松山に女学校(済美高女)を創立することになります。これが現在の済美高等学校になります。
本日、夏の高校野球の初日第二試合目で、この済美高校が出場します。
初めて(2004年)甲子園に出場した時は、済美高校は、正岡子規の俳句を用いてのユニークな応援をしていましたが、今年はどんな応援をしてくれるのかとても愉しみです。
頑張れ! 済美高校。
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