- 2008年10月14日 00:04
- 1872年(明治5年)

鉄道開業式に臨む明治天皇(イラストレイテッド・ロンドン・ニュースより)
1872年(明治5年)9月12日、新橋(現・汐留)・横浜(現・桜木町)間の日本最初の鉄道開通日は、太陽暦で10月14日に当るので、毎年本日を鉄道記念日(現在は「鉄道の日」)とし、鉄道省(現国土交通省鉄道局)に依り各種の記念行事が催されていました。
新橋駅の土地は脇坂・伊達・保科家屋敷を接収し工事が行われ、殊に脇坂候の屋敷後で、その門前にあった堀井戸は、元禄の昔赤穂浪士が泉岳寺へ引上げて行く時、水を飲んだというその堀井戸もどこへやら、赤煉瓦の停車場が建てられたのでした。
開通式当日は畏くも明治天皇を御始め内外の貴紳が式場へ臨まれ頗るの盛況となります。やがて一般乗客を載せた第一車が新橋を発車しましたが、折角切符を買って乗らなかったお客が多数停車場に残ったのでした。
駅員が不思議に思い「何故乗りませんか」と聞くと、「もし汽車が走り出したまま、止めようとしても停まらなかったら大変だから」と言って、乗るのを見合わせたのでした。
だから第一回の汽車が横浜から引返して来て、乗客一同が無事なのを見ると、第二回の汽車には、怪我人が出るほど大勢の客が先を争って乗ったもので、それからずっと満員続きであったそうです。
線路の両側には、近郷近在は勿論、遠く甲斐や越後辺りから汽車見物にやって来た人々が、弁当持参で人垣を作る事が暫く続いた。
その人達も、銀座の三丁目と四丁目の間に瓦斯燈がついたのを「お月様が三つ出る」と言って、その方へ走って行ったりして、文明開化の目まぐるしい転換に驚異を感じたのです。
こんな具合で鉄道開通当時の面白い回顧記録を挙げきれば、到底本話題に尽くし得るものではない。現在埼玉県さいたま市の鉄道博物館に保存され、その他開通以来の日本の鉄道文化に関する各種の文化資料多数が、同館に陳列されています。
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