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日本人最初の電報を打った人は伊東玄伯

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江戸の末期、幕府からオランダへ留学生を送ったことがありますが、その留学生の伊東玄伯という人が、オランダのニューウェデク市から、アムステルダムに滞在中の同じ留学生赤松大三郎に宛て、

「明日お訪ねするからお待ち下され」

という内容の電報を打ったのが、1867年(慶應3年)10月17日の事でした。

このオランダ発行の頼信紙に記された電信は日本語に訳したものを添え、現在東京の通信博物館(現在の逓信総合博物館?)の電信沿革室に陳列され、日本人最初の電信通信として保存されているようです。

尤もこれより13年前の1854年(安政元年)、アメリカの使節ペリーが来航した際、幕府への土産として持参した珍品の中に電信機があり、初めて日本に於ける電信の実験をしていますが、日本人が電信を実際の通信に利用したのは、伊東玄伯が最初になります。

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