- 2008年11月 1日 00:04
- 1902年(明治35年)
ついでに特筆すべきは彼の得意の演技『児島高徳』の大立回りが活動写真に撮られた事で、日本人として映画のフィルムに入ったのも、実に彼が最初の事でした。
川上音二郎の一座の欧米巡業は、シカゴでもロンドンでも大好評を以て迎えられましたが、特にパリでは折からの万国博覧会の演芸場に招かれてすこぶるの大好評で、昼夜2回ではお客を収容しきれず、毎日3回も興行しました。殊に『遠藤武者』の切腹の場面と川上貞奴が振袖姿の日本踊が絶賛を浴びたのでした。
かくしてフランスの大統領より、駐仏栗野慎一郎公使の手を経て、川上夫妻にオフシェー・ド・アカデミーの三等勲章が授与されました。
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