- 2008年12月15日 00:07
- 1908年(明治41年)

明治41年12月15日、時の朝鮮統監伊藤博文が、日本留学の韓国皇太子(李)のお伴をして、下関に到着と同時に、松陰神社へ奉告したという逸話があります。
吉田松陰を祀る松陰神社は、山口県阿武郡椿郷東分村(現在の萩市椿東)にあり、松陰の実兄杉民治翁が社務を勤めていました。
松下村塾出身の伊藤博文は、下関に到着して時間の余裕があったら、是非とも松陰神社に参拝したかったのでしたが、何分韓国皇太子随伴の重大な任務上、それもなりませんでした。
そこで出迎えた下関市長へ一通の書状を渡して
「この一書は松陰神社に居られる杉民治翁へお渡し下さい。そして書簡の趣を神前へ奉告下さるようお伝え下さい。松陰先生は生前しきりに朝鮮国の事を心配しておられました。お陰で現在に到っては、両国の間が斯くまで特殊関係となりました。神前へ奉告して下さったら、松陰先生も定めしお喜び下さる事と信じます。」
と感慨無量の面持でありました。
下関市長は直ちに松陰神社へ参拝、杉民治翁へ件の書状を渡したので、民治翁も感涙に咽びつつ、衣服を改めすぐに神前に奉告したといいます。
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