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東京に瓦斯街燈の出現

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東京の街頭に初めて瓦斯燈の点火を見たのが、1874(明治7年)12月18日の事でした。

東京府知事由利公正が、帝都の街を明るくするためと、併せて防火のためにもと、一石二鳥の利を計って、明治2、3年頃から瓦斯燈の実施を急いで工作を進めていました。

然るに、彼はイギリスから機械器具類一切を取寄せていよいよ工場の開設に取掛かろうとする間際になって、岩倉具視一行の欧米巡察に随行を命じられたので、止むなく一頓挫を来したのでした。

その後を受けて正式に瓦斯局長に任命されたのが渋沢栄一でした。

彼は先づ街頭を明るくして市民に見せびらかしてやろうというので、目抜の場所の日本橋と京橋との間の85基の街燈が点火します。創業の監督はフランスの技師ペレゲレンの働きに依りました。

その頃の数え歌に

「一つとせ、光り輝く瓦斯燈が~、東京一面照らします~」

と歌われていますが、決して東京一面ではなく、初めは目抜の場所だけでありました。

渋沢の考えでは街燈を見本にして、屋内の点火燈を勧誘すれば間違いないとしたでしたが、当の一般の市民の反応は、

「瓦斯燈の灯は昼のように明るいけれど、厭な臭気がする上に、トロトロと青く燃えてまるで人魂のようだ」

と言って気味悪がりました。

そこで点火申込者が無くて、瓦斯会社でもすっかり困り果てました。

瓦斯の街燈が点火される丁度一週間前の12月11日に、東京に初めて石油ランプの街燈が点火されていますが、この方が寧ろ市民に歓迎されて、ランプ街燈は日増しに殖える一方となりました。

渋沢局長が思案に余って首を投げていると、そこへ京橋新富町の新富座主守田勘弥が現われ

「私の方の舞台で瓦斯の宣伝を引受けやしょう」

と言ったので渋沢局長は喜び、大枚の経費を投出し、直ぐに埋設管を同座まで曳いて、翌1875年(明治8年)の春早々には、新富座の内外に華々しく瓦斯燈が点火され、従来の蝋燭照明の舞台も煌々たる瓦斯の光で面目一新したといいます。

それ以来漸く一般市民の間にも瓦斯の需要者が殖えていったのでした。

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