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乃木将軍の凱旋

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日露戦役凱旋

日露戦争に武勲たる乃木希典将軍が、寒風吹荒ぶ満州の法庫門を出発、部下の将卒を率いて凱旋の途に就いたのが、1905年(明治38年)12月29日の事でした。

部下の将卒何れも歩一歩祖国に近づくを喜びましたが、乃木将軍ばかりは、少しも嬉しい様子がなく、寧ろ沈鬱にさえ見えました。

かって出陣の門出に、

「吾等親子三人の遺骨が届くまでは、決して葬式を出さぬように」

とまで、静子夫人へ言い残した将軍であったし、自分一人が生残って帰還するのを潔しとしなかったのでした。殊に旅順の包囲戦には、数万の部下を殺して、これから内地へ帰れば、その戦没勇士の家族とも逢わねばならない。

運命という任務とは言え、第三軍司令官凱旋将軍として大歓迎を受けねばならぬ事を思えば、無量の感慨でした。そこで将軍は、

「王師百萬強虜を征す 野戦攻城屍山を作す 我は愧ず何の顔あって父老に看えん 凱歌今日幾人か還る」

という一篇の感激の詩を吟じます。

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