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2009年1月 Archive

白瀬中尉、南極に日章旗を掲ぐ

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白瀬矗
白瀬矗

1912年(明治45年)1月28日は、日本の南極探検一番乗りの勇士である白瀬矗(しらせのぶ)中尉の一行が南極圏内に入り、南緯80度5分、西経156度37分の地点に到着した記念の日です。

白瀬中尉の南極探検の計画に対しては、当時の総理大臣桂太郎を始め、児玉源太郎元帥、乃木希典大将らも大いに尽力し、乃木大将に関しては一行の糧食方面の面倒を見たし、さらに東郷平八郎元帥に関しては探検船に「開南丸」と命名したのでした。

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大山弥助(後の大山巌元帥)の大英断

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大山弥助
大山弥助(後の大山巌元帥)

時は1868年(慶應4年・明治元年)1月27日、厳然たる禁令を破って京都の地に西洋人を迎え入れたというエピソードがあります。

あたかも当時は鳥羽伏見の戦いの直後で、京都の相国寺内の薩摩病院には、官軍の傷病兵が多数収容されていました。これを治療する医者も多数集まってはいましたが、鉄砲傷や刀傷の重傷者が多くて、とても漢方医などの手には負えず、名誉の負傷者も段々悪化するばかりか、助かる者も助からないという状態でありました。

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国産マッチ製造の始まり

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マッチ
国産マッチのラベル

1875年(明治8年)1月26日の読売新聞の記事に、横浜市弁天通りの商人が、アメリカから摺附木(マッチのこと)の製造機械を買入れ、平沼町に工場を設けて開業とあるので、恐らくこれが日本に於けるマッチ工業最初の記録と云えましょう。

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紙幣印刷機の輸入

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「神功皇后札」 (明治14年から発行された偽造防止を工夫した改造紙幣)

1875年(明治8年)1月25日、紙幣印刷のための銅版印刷機が輸入されてこの日横浜に着荷しました。

従来の紙幣印刷は古くは木版印刷の幼稚なものであり、明治に入ってからも石版印刷のため粗悪で贋造の心配があり、紙幣寮(今の印刷局の前進)では、ドイツにその印刷を依頼していました。

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八甲田山雪中行軍の大惨事

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八甲田山入口 田茂木野村から青森の原隊に戻る遺体

青森の歩兵第五連隊第二大隊は、1902年(明治35年)1月23日、大隊長山口少佐に率いられて、東津軽郡田代に向って雪中行軍を決行しました。

然るに午後1時頃から俄かに風雪烈しくなり、行軍に悩みながらも、一同勇を鼓して前進を続け、その夜は猿沢の森に露営する事となり、丈余の雪を掘って火を焚き炊事に取りかかりました。

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「軍旗」(連隊旗)授与

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1874年(明治7年)1月23日に、近衛歩兵第一・第二連隊に授けられたのが軍旗授与の最初で、同年12月2日、太政官布告で規則が制定されました。

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東京市街に始めて営業電燈点火

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電燈

1887年(明治20年)1月22日、東京の電燈会社に依り公衆用電燈点火の運びとなったのが、日本最初の営業電燈でありました。

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板垣退助、民選議員の設立を説く

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板垣退助

明治の初年、王政復古の大業日に成り、月に進み、庶政刷新の実を見せつつありましたが、廟堂に列してその実権を握るものと言えば殆んどが薩摩、土佐、長州の各藩閥に限られている実状にありました。

その専制政治を打破し、すべからく全国民の代表によって立てた民選議員に依って国事を議すべきであるというのが、板垣退助の熱心な主張でありました。

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秋山真之は小説『坂の上の雲』を予言していた!?

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  • Posted by: sakanouenokumo
  • 2009年1月16日 00:46
  • 秋山真之

saneyuki_syo.jpg

写真の書は、秋山真之が1918年(大正7年)に亡くなる直前に書かれた本人の直筆の書となります。

内容は、

 「一息を入れて見お路(ろ)す上り坂」

と、書かれているそうです。

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日本最初の潜水艇

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潜水艇
海軍大演習時の潜水艇(明治42年)

日本海軍に潜水艇が出現したのは1905年(明治38年)1月13日の事であり、アメリカより横須賀に届けられた5隻でした。

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レルヒ少佐、日本に初めてスキー術を伝授する

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レルヒ少佐

オーストリアの陸軍参謀テオドール・エードラー・フォン・レルヒ少佐が日本に来朝して高田歩兵第五十八連隊附となったのが、1911年(明治44年)1月5日の事でした。

レルヒ少佐は日本が軍隊にスキー術を伝授する為の教官として特に招聘されたもので同月12日(一説には13日)から本格的に実技の伝授が開始されました。

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乃木希典、山上雪中の新年宴会

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乃木希典

乃木希典将軍が、四国の善通寺第十一師団長だった当時の明治32年1月5日、琴平宮の鎮座する雪深い象頭山上で新年宴会を催したというお話があります。

正月5日に象頭山上新年宴会開催の事は、既に師団長より将校一同へ予告されていましたが、あたかも元日以来珍しい大雪が降り続いて、この分では登山は見合わせとなって、恐らく宴会会場も変更になるだろう、というのが将校一同の予想でした。

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東郷平八郎、海軍生活の第一歩を踏み出す

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春日士官
「春日」士官(前列中央が「春日」艦長赤塚源六、後列右が東郷平八郎


鳥羽・伏見の戦1868年(慶應4年)の正月3日であった事は一般によく知られていますが、当時の海戦(阿波沖海戦)についてはあまりよく知られていません。

あたかもこの日は、後の東郷平八郎元帥が、22歳で軍艦に乗組み、海軍生活の第一歩を踏み出した日に当ります。

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旅順開城の談判

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1905年(明治38年)1月2日、前日の敵の守将ステッセル将軍より降伏開城の申入れを受けた乃木将軍は、軍参謀長陸軍少将伊知地幸助を陸軍委員とし、第一艦隊参謀海軍中佐岩村団次郎を海軍委員として、水師営に赴かせ彼の委員らと会見せしめることとなりました。

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旅順遂に陥る

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旅順要塞
旅順要塞最後の攻撃

肉弾攻撃を行うこと半年余、前後4回に渉る総攻撃の後、南山を取り二百三高地を奪い、ロシア軍の守将をして遂に降伏を決意させたのが、1905年(明治38年)1月1日午後5時の事でした。

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