- 2009年1月 5日 00:01
- 1899年(明治32年) | 乃木希典

乃木希典将軍が、四国の善通寺第十一師団長だった当時の明治32年1月5日、琴平宮の鎮座する雪深い象頭山上で新年宴会を催したというお話があります。
正月5日に象頭山上新年宴会開催の事は、既に師団長より将校一同へ予告されていましたが、あたかも元日以来珍しい大雪が降り続いて、この分では登山は見合わせとなって、恐らく宴会会場も変更になるだろう、というのが将校一同の予想でした。
ところが予想に反して、当日の早朝となると乃木師団長自ら腰に竹の皮の弁当を吊下げて、
「さあ、約束通り象頭山で新年宴会だ」
と言い渡すと、真先に進んで象頭山へ向ったので、部下の将校一同驚きました。
軍人としてまさか弱音も吐けず、標高520メートルという平常でさえかなり辛い山路を、雪に転びつ滑りつして、師団長の後を追って登って行きました。
ホーホーと息せき切り、汗だくになって頂上に達した時は既に正午も過ぎていました。一望千里、白雪たる頂上の眺めは、思わず快哉を叫びたくなる程の絶景でありました。
四方の風光を愛でている中に、陰の方でブツブツ不平を鳴らす者がいました。
「師団長も変わった方じゃないか。だいたいこんな雪深い山上で新年宴会をやらなくても、どこだってやれそうなものだろう。それにもう一時も過ぎて、我々一同腹ペコだ。弁当をとれという命令があっても好いはずだ。」
と言っていた。
するとちょうどそこに、酒樽や肴の荷を担いだ人夫10人ばかり、エッサエッサと登ってきました。
「おやおや、どこの宴会だか皮肉にも我々に見せつけるじゃないか」
と言っている間に、件の酒肴の荷が師団長の前に卸されたので、一同は全く意外の思いでした。
師団長もこれを見て破顔一笑、
「さあ諸君もさぞかしお腹が空いたであろう。この見晴らしの好い霊地で十二分にやってくれ給え。」
と言ったので、思わずワッという歓声があがりました。
一同大いに呑み、大いに食って、さらには竹の皮の冷たい弁当まで見事に平らげました。
乃木師団長はその辺に散らかった竹の皮や新聞紙等を掻き集めさせて、ポケットからマッチを取出し、それをきれいさっぱり焼いています。
副官が側から
「そこにある閣下の竹の皮もついでに焼いてしまいましょう。」
と言うと、将軍は急に手を振りながら、
「いや、私のは焼かずにおいておくれ。私は持帰って使いたいので、この通り竹の皮の飯粒一つ残らず平らげているから。」
実に環境に優しい乃木将軍でした。
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Comments:1
- 智太郎 2009年1月11日 11:47
正岡子規も宿泊した由緒ある旅館に就職しました。はじめまして!・・・お疲れ様です。 1/9書き:修善寺の温泉地:【新井旅館への通勤が厳しいが!?】。第一期ニート時代でしたが早速、由緒ある新井旅館に内定しましたが、通勤メチャ厳しい!【サラリーマン編】 、面白い画像も存分に楽しんで見て下さい。コメント等いただけたら幸いです。自分の【学生編】当過去ブログにも、当時の写真・面白い・可愛い・画像・動画ありますので、時あれば、楽しんで見てやって下さい。
http://tomotaroukun.blog116.fc2.com/blog-entry-290.html



