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レルヒ少佐、日本に初めてスキー術を伝授する

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レルヒ少佐

オーストリアの陸軍参謀テオドール・エードラー・フォン・レルヒ少佐が日本に来朝して高田歩兵第五十八連隊附となったのが、1911年(明治44年)1月5日の事でした。

レルヒ少佐は日本が軍隊にスキー術を伝授する為の教官として特に招聘されたもので同月12日(一説には13日)から本格的に実技の伝授が開始されました。

レルヒ少佐はこの時スキー10台を持参して、それより3月12日までの三ヶ月間猛訓練を行いました。

始めは営庭や練兵場、射的場で行われましたが、実技が進むにつれて南葉山や開山演習場、米山、薬師山(今の金谷山)などに出かけて盛んに雪の上を転んだり跳ねたりして、とにかく三ヶ月の間に一通りの実技を会得したといいますが、これが実に日本にスキー術を本格的に伝えられた最初でした。

高田市郊外金谷山の頂に「大日本スキー発祥之地」と筆太に刻まれた高い記念塔が建立されたのは昭和6年の事ですが、これがレルヒ少佐の伝授を記念するものである事は言うまでもありません。

レルヒ少佐のスキー術は、独り軍隊ばかりでなく同地の官民有志にも伝授され、翌1912年(明治45年)1月15日から三週間に亙り高田と小千谷で全国から集まった有志に対し、スキー術大演習会が開かれるという具合に、次第に全国へ広まったのでした。

もっともそれより古い記録としては、1895年(明治28年)に松川敏胤日清戦争の凱旋に当り、ロシアと中国の国境付近からスキー1台を持帰ったという古い記録を始め、1902年(明治35年)1月末の八甲田山雪中行軍に約200名が吹雪に遭難凍死したのもスキーを知らなかった為だというので、1909年(明治42年)にはノルウェー政府から2台のスキーを贈ったという事実もあります。

また、1904年(明治37年)には青森県野辺地町の野村治三郎が外国雑誌でスキーの事を知り、海外から2台のスキーを取寄せた事実、1909年(明治42年)にはイギリス大使館附武官より北海道の月寒連隊に1台のスキーを贈ったこと、その他23項のスキーに関する記録がありますが、その何れも外国、もしくは外国人から日本にスキー及びスキー術の説明書が贈られた程度で、レルヒ少佐こそ日本に初めてスキーを伝授した恩人となります。

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