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国産マッチ製造の始まり

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マッチ
国産マッチのラベル

1875年(明治8年)1月26日の読売新聞の記事に、横浜市弁天通りの商人が、アメリカから摺附木(マッチのこと)の製造機械を買入れ、平沼町に工場を設けて開業とあるので、恐らくこれが日本に於けるマッチ工業最初の記録と云えましょう。

燃料協会誌第152号の記事「横浜開港当時の工業雑誌」にも同様のことが記されていますし、それ以前に国産マッチの記録はないそうです。

明治工業史の化学工業第26章には、本邦燐寸(マッチ)工業の創始者は清水誠で、彼はフランスに同業を学び、1875年(明治8年)帰国、東京芝区三田四国町に仮工場を設けて試製、更に翌年より本郷柳原に新燧社という工場を設けて大規模となり、明治13年頃には輸入品を圧倒するに到ったと記されています。

もっともそれ以前の1872年(明治5年)には、横浜在住の外人ブラウンが、野毛山にマッチ工場を設けて着手したが、製品劣悪のため歓迎されず、僅か数ヶ月で工場を閉鎖したという記録もあります。

マッチの発明者は、イギリスの科学者ロバート・ボイルであって、彼は西暦1680年、硫黄とリンを用いたマッチを発明しています。

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