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英国皇族コンノート殿下来朝

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コンノート殿下来朝
池田牛歩画「コンノート殿下御来朝」

1906年(明治39年)2月19日、コンノート公アーサー王子とガーター勲章使節団の一行を乗せたセイヴォリー館長率いる英国海軍の軍艦ダイアデム号が、夜明けとともに横浜港に入港します。

来日の目的は、英国の最高勲章であるガーター勲章明治天皇に授与することにありました。

1905年(明治38年)8月12日調印された、第二次日英同盟により、インド及びインド以東の国々を含む東アジアでの紛争に備えて両国はこの先10年間協力体制を取ることを決めました。

イギリスの日本の公使館を大使館に昇格させることと、さらに明治天皇への敬意の印として、ガーター勲章を授与することを決めたのでした。これは日本を一等国と認めることを意味するものです。

ちなみに、1890年(明治23年)に日本を非公式に訪問し、観光と骨董品の買い付けに時間を費やしたことで有名なコンノート殿下は父親の方で、今回訪れたのは、その息子の方になります。父の方は当時インドで重要な任務に従事していたため、息子がこの大役を務めたということです。

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