- 2009年2月25日 00:07
- 1875年(明治8年)

長崎抜天画「英仏両国横浜の衛兵撤す」
1875年(明治8年)2月25日、横浜からイギリス・フランス両国の駐屯兵撤退が申し伝えられました。
1871年(明治4年)より明治政府はイギリス・フランス両国の駐屯兵撤退要求を続け、両国公使に交付し種々交渉ののち、1875年(明治8年)1月27日、イギリスのパークス、フランス公使ベルテミーが外務省に寺島宗則外務卿を訪ね、両国兵の撤退を申し入れたのでした。
同年3月2日に両国の兵は横浜を出港します。
この時の様子は、次のように語られています。
文久3年以来設置されて居た、英仏両国の横浜衛兵を撤去した。この日、これらの衛兵相手の商人や、衛兵のガクタイが聞かれなくなるのを残念がった新人連で濱はいっになく賑わった。中には、又何時の日に合う事が出来るかわからない異国の恋人につきぬ名残をしのんで、ハンカチを振って居た大和撫子の一輪もあった。『漫画明治大正史』より
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