- 2009年2月28日 00:43
- 1872年(明治5年)

陸軍中将時代の山県有朋(左)と福原和勝大佐 *1872年(明治6年)頃
明治維新後の軍務はすべて兵部省で取り扱っていました。
この頃はまだ、兵事は士族の専職であるとされていましたが、山県有朋は上書して、将来多大の兵力を養うには、どうしても一般徴兵の法に依らなくてはならないとその旨を述べたことに基き、1872年(明治5年)2月28日、兵部省を廃して陸海軍両省を置きます。
この時、山県有朋を陸軍大輔に任じて陸軍省の長官とし、海軍少輔河村純義を海軍省の長官に充てます。
3月9日、従来の御親兵を改めて近衛兵と称し、山県有朋がその都督を兼ね、陸軍少将西郷従道を副都督とします。
次いで12月1日、いよいよ徴兵の制を設け、全国の成人男性を点閲して、悉く兵籍に編入すべく定められます。
かくて陸軍を常備、後備、国民の三軍に大別し、兵種を分けて歩兵、騎兵、砲兵、工兵、軽重兵の五種とし、平時は31,680人、戦時は46,350人を置くこととします。
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