- 2009年3月 5日 00:02
- 1872年(明治5年)
何しろ初めての催しなので、大変な評判となり、当初会期は10日間の予定でしたが、50日間も日延されるという大盛況でした。
出品物は大体骨董品や動植物の標本類が多く、当時の新聞記事には、
「天地の万物、世界の珍物総てここに集められ人々驚嘆せり」
とあります。
中にも名古屋城天守閣の金の鯱が陳列されて非常な人気を博しました。この催しはその5年前の1867年(慶應3年)、パリに万国博覧会が開かれて、日本からも出品し、徳川民部大輔昭武一行が渡仏したのに鑑み、小規模ながら日本でも開催しょうということで行われたのでした。
主催は文部省で、当時聖堂(旧昌平校)は博物館に当てられていた為、博物館の所蔵品が陳列の大部分を占めていました。
序でながら世界最初の博覧会は、西暦1756年、イギリスのロンドンで開かれた勧業博覧会となります。




