- 2009年3月16日 21:19
- 1882年(明治15年)

細木原青起画
1882年(明治15年)3月16日、沼間守一、田口卯吉らの桜鳴会及び矢野文雄、箕浦勝人、尾崎幸雄、犬養毅ら概ね慶応義塾出身者より成る東洋議政会は、明治14年の政変で下野した大隈重信と相呼応して、一の政党を組織して立憲改進党と名づけ、京橋区木挽町(現中央区銀座3丁目)明治会堂で発会式を挙げます。
総理は大隈重信、副総理は河野敏鎌。
板垣さんが自由党の旗を揚げて間もなく大隈さんは改進党を組織した。その主意の中には「国権の拡張、社会進歩の度に随い選挙を進濶する事」などの文字が見えて板垣さん程過激ではないが、共に野に放たれたる虎で、政府を盛んにおびやかした。『漫画明治大正史』より
これが後の民政党の主体を成すものとなります。
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