Home > 1873年(明治6年) > 馬関海峡に海底電線敷設

馬関海峡に海底電線敷設

Social Bookmarks: このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーのはてなブックマーク数 Yahoo!ブックマークへ追加 add to del.icio.us Buzzurlへ追加 livedoorクリップへ追加 ニフティクリップへ追加

本州と九州との通信連絡のため、馬関海峡に海底電信布設の竣工が、「法規分類大全運輸門編」に依りますと、1873年(明治6年)3月17日と記されています。

下関の前田から、門司の雨ヶ窪の間に布設され、その長さ1.2キロ、深さ10~18メートルでした。この日目出度く海底電信布設の竣工を見たので、その付近の諸船舶に対し投錨を禁ずるという布令が発せられています。

これにより、東京から長崎の電信敷設が整い、先の1871年(明治4年)にデンマークの大北電信会社が敷設した長崎・上海の国際線とも結ばれることになり、帝都東京は西欧と結ばれた事になるのです。鎖国時代より考えると、漸く日本は西欧の仲間入りができたと言えます。

ちなみに世界最初の海底電信布設の記録は、西暦1850年のイギリスのドーバーとフランスのカレーとの間を繋いだものでドーバー海峡海底電線になります。

これに匹敵する日本の海底電線敷設の大事業と言えば、1906年(明治39年)の太平洋横断布設になります。

拍手する

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ にほんブログ村 歴史ブログ 近代・現代史(日本史)へ 人気ブログランキングへ

関連エントリー


Comments:0

Comment Form

Home > 1873年(明治6年) > 馬関海峡に海底電線敷設

Twitter

坂の上の雲 on Twitter

坂の上の雲 on Twitter

Information
Books

「明治」という国家

Calendar
« 2009年3月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
Search
Photos
Tag Cloud
Links
Feeds
Blog Parts

あわせて読みたいブログパーツ

Return to page top