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近藤勇の最後

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近藤勇

1868年(慶應4年)4月25日、新撰組局長近藤勇が斬首されます。
享年35歳でした。

近藤勇は武蔵国多摩の農家に生まれ、江戸の近藤周助の試衛館で天然理心流を学び、のちに養子となり道場を継ぎます。

1863年(文久3年)の将軍家茂上洛に際し、警衛のための浪士隊に参加して、門下の土方歳三、沖田総司らと上洛しますが、そのまま京都に残留、京都守護職の配下で新撰組を組織し、後に局長となります。

池田屋事件などの功で、1867年(慶應3年)6月、見廻組頭取として幕臣となりますが、鳥羽・伏見の戦いに敗れ江戸に戻ります。

1868年(慶應4年)3月、甲陽鎮撫隊を組織して隊長大久保大和と名乗るが、新政府軍と戦い敗れ(勝沼戦争)、ついで下総流山戦争に参加しますが遂に捕われたのでした。

近藤勇
清水對岳坊画「近藤勇の最後」

一世に勇名を轟かした、新撰組の隊長近藤勇は、遂に官軍の手に捕らえられ、中仙道平尾の一里塚に梟首された。近藤は荒木又右エ門以上と称された程の剣豪であったが、一面非常に綺麗好きで、彼が首を斬られる数分前に、「見苦しい髭を剃ってれ」と悠々髭を剃らせたのも能く人の知る処である。
「漫画明治大正史」より
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