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明六雑誌の発行

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明六雑誌
明六雑誌

1874年(明治7年)4月2日、明治のモダンボーイらに依って、前年に結ばれた明六社から、年2回発行の『明六雑誌』が発行されました。

明六雑誌

明六社とは、1873年(明治6年)7月アメリカから帰国した森有礼を中心に設立され、社長は森、社員は西村茂樹、津田真道、西周、中村正直、加藤弘之箕作秋坪福沢諭吉、杉享二、箕作麟祥
(発足時の社員のうち民間人は福沢諭吉のみ)

執筆者は当時有数の先覚者ばかりで、洋学の知識をもって明治新政府に出仕するとともに啓蒙活動を行います。特に西周のローマ字採用論などが有名です。

ただ、『明六雑誌』は1875年(明治8年)6月に新聞紙条例・讒謗律が出されて政府の言論弾圧の姿勢が顕著になり、同年11月言論取締りの法に抵触することを警戒した福沢諭吉らの意見により廃刊します。

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