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株式取引所条例を制定

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東京株式取引所
東京株式取引所

1878年(明治11年)5月4日、株式取引所条例が制定され、東京・大阪・横浜の三地に取引所が設立されました。

1875年(明治8年)頃から公債及び株式の発行が増加し、株式取引所設立の必要が起こり始めます。既に1874年(明治7年)に最初の株式取引条例が制定されてはいましたが、これは実情に適さなかった為、新しい株式取引所条例が制定されたのでした。

1887年(明治20年)更に取引所条例を公布し、1893年(明治26年)これを廃して新たに取引所法を制定し各地にに48個の取引所が設立されるに至ります。

取引所は、その組織の上から会員組織及び株式会社組織の二つとし、その取引の目的物によって有価証券取引所及び物産取引所の二つに分け、前者を普通株式取引所と称し、後者の中で米穀のみの取引所を米穀取引所、その他の物産の取引所を商品取引所と称します。

取引の方法は、直取引、延取引、定期取引の三種とし、直取引は契約成立の日から2日以内に、延取引は3日以上150日内に受渡しを了するを要し、定期取引は3ヶ月内に於て取引所の定めた限月に依りて受渡をすることになっています。ただし、綿花、綿糸及び蚕糸の三種に限り6ヶ月まで限月を延ばすことができるようになっています。

当初は公債・金銀の売買が多かったようですが、企業勃興の始まる1880年代末から鉄道株を中心に株式取引が大半を占めるようになります。

取引所では実物取引を差金決済取引が行われたが、ほとんどは投機的な差金決済取引であり、現物の株式は場外市場で売買されました。

明治末期には鉄道国有化による鉄道株の撤退で、紡績・電力・取引所株に中心が移ります。

1922年(大正11年)に場外取引が禁止され、取引所は次第に投資市場の性格を強めます。本格化するのは満州事変以降となりますが、太平洋戦争にともない、1943年(昭和18年)に設立された日本証券取引所に改編されます。

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