- 2009年5月24日 00:02
- 1900年(明治33年)
1900年(明治33年)5月24日、12歳以上の男女の混浴を禁止する布達が出されました。
客ノ来集ヲ目的トスル浴場ニ於テ十二歳以上ノ男女混浴セシメサル件
客ノ来集ヲ目的トスル浴場ニ於テハ十二歳以上ノ男女ヲシテ混浴セシムルコトヲ得ス
前項ニ違背シタル営業者ハ二十五円以下ノ罰金ニ処ス
本令ハ明治三十三年七月一日ヨリ之ヲ施行ス 但シ庁府県長官(東京府ニ於テハ警視総監)ハ営業者ノ出願ニ対シ本令施行ノ日ヨリ起算シ一年以内ノ範囲ニ於テ浴場ノ設備ヲナスニ必要ナル期間本令ノ適用ヲ猶予スルコトヲ得
明治三十三年五月 内務省令第二十五号
当時の銭湯は、浴槽に一枚の板仕切りをする程度で、洗い場が見通せたことから、トラブルが続出していました。たまりかねた内務省は、銭湯経営者にこれをかたく守らせることとし、違反した経営者には25円以下の罰金を課します。また浴槽の区切りが十分にされていないところには、願い出れば1年間猶予されました。銭湯の経営者も男湯と女湯の出入り口を別にし、頑丈な木戸で見えないようにしたのでした。
そもそも男女混浴禁止の通達は明治初年より出されていました。
大阪では1868年(明治元年)8月、男女混浴禁止の命令が出され、今まで一つだった浴槽を男女別々にするために直す期間として20日間の猶予を認めています。
東京では1869年(明治2年)2月、市中の風俗矯正の目的で男女混浴が禁止されますが、それでも効果が無かった為、1870年(明治3年)6月と1872年(明治5年)3月にも繰り返して混浴禁止の通達を出しています。
全国各地で何回となく出された「男女混浴禁止令」は、帯刀、丁髷の禁止と比べると、約30年もかかりその成果を見ることになりました。
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