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大逆事件の大検挙始まる

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宮下太吉
宮下太吉

1910年(明治43年)5月25日、長野県の機械工で社会主義者の宮下太吉ら4人が、爆発物取締罰則違反の容疑で松本署に逮捕されます。

明治天皇暗殺計画が明らかになったとして、捜査は警察から検察当局に移り、大逆罪に問われた戦前の四つの事件(虎ノ門、朴烈、桜田門事件)の中で、最初で最大の事件のきっかけになりました。

宮下太吉は小学校卒業後機械工となり、各地の工場を移動中に幸徳秋水の「平民新聞」に接します。各種の社会主義書籍を読み、民衆の天皇崇拝の迷信打破を目的に天皇襲撃を企図。1909年(明治42年)2月に幸徳秋水・森近運平を訪ねて決意を告げ、新村忠雄・菅野スガの協力も得て爆裂弾を試作したのでした。

事件は未遂に終わりますが、これを幸徳秋水をはじめとした社会主義者の「恐るべき憎むべき陰謀」として、全国各地で事件に無関係な者も含めて数百人を検挙します。うち26人が刑法の大逆罪にあたるとして起訴されました。

報道は一切禁止され、大審院は一審のみの非公開公判で幸徳秋水ら24人を死刑(坂本清馬ら12人は特赦により無期に減刑)、新田融ら2人を有期刑とします。

この事件は日本の言動弾圧の事例として海外で報道され、アメリカの対日批判を高め、排日運動を加速する一因となります。

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