- 2009年6月25日 00:10
- 1882年(明治15年)

馬車鉄道
1882年(明治15年)6月25日、日本橋-新橋間に東京馬車鉄道が開業しました。
馬車鉄道(鉄道馬車ともいう)は、軌道上を走る馬車のことで、法令上は軌道として扱われます。
*1890年(明治23年)制定の軌道条例の適用をうけます。
表軌道路線は21丁40間、裏軌道路線は24丁53間の往復ループ線で、巾は4フィート6インチ(約1.4メートル)、車体は木造となります。客車は24~27人乗りで馬2頭が牽引、平均時速は8キロほど。乗務員は馭者と車掌の2名となります。
西欧では蒸気鉄道の実用化以前に最初の鉄道として現れはしましたが、日本では蒸気鉄道の開業後も、都市交通機関あるいは地域社会の貨客輸送手段として普及していったのでした。(福島・群馬・栃木・埼玉・山梨・静岡・福岡・佐賀の各県に集中)
何よりもその魅力は運賃の安さにあり、1等客車が3銭、2等客車は2銭であり、これは人力車より安い値段でした。ちなみに、利用するにはタクシーのように手を上げると乗ることができます。
馬車鉄道の開業には、その路線敷設には乗り合い馬車との関係や、その弊害をも考慮して慎重に事業をすすめられ、万世橋・浅草橋・新橋の三ヶ所で馬車・人力車の交通量調査も行いました。路の広い所は複線とし、狭いところは単線として、ところどころ待合所を設置したり、馬喰町では馬を取り替えるなどして、車体の点検も怠らなかったのでした。
開業当初は全線に30台ないし40台を運転しても平均300円程の収入でしたが、12月に浅草まで全線開通すると、車両数31台、馬匹数226、乗客数117,000人を数え順調な発展を示したのでした。
さらには夜の方向標として客車にランプの色硝子を用いて、方向別に区別したり、区間に関係なく往復切符を発行するなどサービスが行われます。
鉄道馬車は便利だね 一区二銭
白い旗なら出るんだよ
赤い旗なら待つんだよ
ただ、やはり動力がお馬さんなので、線路上に馬糞をまき散らすため、東京は汚物、悪臭などの問題を抱えます。これにより、明治末期に電車の敷設されてくると、馬車鉄道は衰退したのでした。
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