- 2009年6月28日 11:53
- 1897年(明治30年)

幸内純一画「新高山の称」
1897年(明治30年)6月28日、台湾一の高山モリソン山(玉山)を、新高山(にいたかやま)と改称しました。
日清戦争に依る新領土台湾のモリソン山は海抜13020尺、駿河の富士山よりも723尺も背が高いので6月28日新高山と改称された。吾々は当時新しい名山を得たる喜びと又今迄日本一と誇った富士に引けを取らせた口惜しさとが混合して妙な気持ちがしたことを子供心に覚えて居る。「漫画明治大正史」より
新高山は台湾の嘉義の東方、北回帰線下にあり、標高3,952mの台湾第一の高山となります。
中国ではこの山を「玉山」と呼び、西洋人は「モリソン山」と呼びましたが、日清戦争に依り台湾が日本の領土となったことで、この日明治天皇はこの山の名称を新たに「新高山」と命名したのでした。
これより1945年まで、日本一の山は富士山ではなく、この新高山のことを指します。
真珠湾攻撃の暗号電文「ニイタカヤマノボレ」は有名。
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