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乃木将軍、金州南山にて「山川草木」の詩を吟ず

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「山川草木」の一詩
乃木将軍筆跡の「山川草木」(金州城下作)の一詩

1904年(明治37年)6月7日、乃木希典は、長男勝典が戦死した南山の戦跡を訪ね、「山川草木」の詩を吟じました。乃木将軍の有名なる二詩の一つです。*もう一つは「爾霊山」

山川草木轉荒涼
十里風腥新戦場
征馬不前人不語
金州城外立斜陽

山川草木転(うた)た荒涼
十里風腥(なまぐさ)し新戦場
征馬前(すす)まず 人語らず
金州城外 斜陽に立つ

将軍は、塩大墺に上陸した翌日には、勝典が敵弾を受けた南山の戦跡を訪うている。電報が間違いではないか、と言われたほどの死傷者を出したところである。
戦後十日目になるが、遺棄された露兵や馬の屍が初夏の太陽の下で、ひどく腐れただれていた。
将軍は、兼松副官と津野田参謀を従えて、要塞に腰を下ろすが、勝典の一旧友が当時の模様を報告すると、彼は立ち上がって、ひとり低徊した。山川草木の詩はその時、出来たものらしい。
一般にはこの詩は、生々しい激戦地に英霊を弔らった詩ということになっている。
福岡徹著『軍神乃木希典の生涯』より
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