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東経135度の子午線時を本邦一般の標準時と定める

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1886年(明治19年)7月12日、東経135度の兵庫県明石市の時刻を日本の標準時とすると勅令が公布されました。

標準時及正午報
勅令第五十一号(明治19年7月12日)
朕本初子午線経度計算方及標準時ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 一 英国グリニツチ天文台子午儀ノ中心ヲ経過スル子午線ヲ以テ経度ノ本初子午線トス
 一 経度ハ本初子午線ヨリ起算シ東西各百八十度ニ至リ東経ヲ正トシ西経ヲ負トス
 一 明治二十一年一月一日ヨリ東経百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定ム


東経135度の子午線を、太陽が通過する時刻が正午となり、これにより明石市の正午が、全国の正午ということになったのでした。

明治政府が標準時を定めたのは、2年前のワシントンで開催された万国会議で、ロンドンのグリニッジ天文台をとおる子午線を経度0度と決めたことに基づきます。

各国はその結果、グリニッジ天文台から整数の時間差となるように自国の標準時を決定します。経度が15度違えば時差は1時間生じ、明石市の時刻は、ちょうど9時間進んだことになります。

実施は1889年(明治21年)の1月1日からとなります。

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