- 2009年7月15日 00:23
- 1878年(明治11年)

明治30年頃の富士屋ホテル
1878年(明治11年)7月15日、山口仙之助は500年近い歴史をもつ旅館藤屋を買収し、富士屋ホテルと改称、外国人専門の本格リゾートホテルとして営業を開始します。
創業者の山口仙之助は、明治4年から数年間渡米し労働で蓄えたお金で牧畜業を興そうと7頭の種牛を購入して日本に帰国します。しかしながら、日本ではそれを実現する環境が整っていなかったため、山口は学問を学ぶべく福沢諭吉の慶応義塾に入りますが、福沢諭吉から、
「お前は学問をするより、実業界で一旗揚げたほうがいい」
と言われ、特に国際観光の重要性を説かれた山口は、牛を売却して得た資金を元手に、外国人向けのホテルを開くことを決意したのでした。山口はホテルの立地条件を以下の三点に絞ります。
- 外国人が憧れる富士山が見えること
- 東京、横浜から近距離であること
- 温泉があること
この三条件を満たす場所を箱根の宮ノ下に選んだのでした。
営業当初こそは交通の便の悪さがあり、食材の調達などに苦労しますが、やがて塔ノ沢―宮ノ下間に人力車用の有料道路建設や横浜―国府津間の東海道本線、国府津―湯本間の馬車鉄道の開通とあいまって、次第に交通網が整備されると、横浜在留外国人の週末保養所として富士屋ホテルは大いに繁栄します。
1883年(明治16年)にホテルは焼失してしまいますが、平屋建ての洋館1棟を建て営業を再興発展し、日光の金谷ホテル、東京の精養軒とならんで外国人専用ホテルとして最も古いものの一軒となります。
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