- 2009年7月19日 14:20
- 1883年(明治16年) | 聖徳記念絵画館
明治16年7月19日、車駕、右大臣岩倉具視の邸に臨みて、其の疾患を問わせたまう。是より先、具視病みて家に臥護するや、是月5日、親しく之を問わせたまいしが、是日早旦病革なる旨聞しめし、俄に駕を命じて再び之を親問あらせらる。儀衛未だ備わらず、当直の近衛士官纔に騎従す。具視其の報を聞き、左右に命じ衣を更めんとすと雖も、哀憊甚しく、起臥自由を失う、乃ち袴を衾上に置き以て礼装に代ふ。既にして車駕至り、具視の褥室に臨みたまいて曰く、具視如何と。具視の妻槙子、嗣子具綱の婦增子二人側に侍す。具視乃ち增子に扶けられて纔に半身を起し、合唱して天皇を拝す。感涙雙頬に滂沱たるのみ、復た一語の能く奉答するなし、一座黯然たり。
岩倉具視は、翌日の7月20日逝去。享年59歳でした。
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