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岩倉具視、薨去

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岩倉具視
岩倉具視

1883年(明治16年)7月20日、岩倉具視が病の為亡くなります。

明治維新の功臣、堀川康親の第二子、岩倉具慶の養子となる。文久元年、公武合体の説に讃し、勅勘を蒙りて洛外岩倉村に閑居落髪して友山と号す。明治維新の際、王政復古の大業、その画策に成るものが多かった。明治4年全権大使として欧米に赴き、その制度文物を視察して帰り、西郷隆盛らの征韓論に反対した。累進して右大臣となり、輔弼の功頗る大であった。15年大勲位に叙せられ、16年7月病に罹り、19日病革る。明治天皇「朕親く前右大臣と訣せんとす」と仰せられて、その邸に臨幸あり、岩倉具視流涙、首を擡げ、ただ合掌して恩を謝す。 天皇親問し給いて「前右大臣、病、如何」と「臣はただ、陛下の萬歳を祈り奉るのみ」と、君臣相対して、少時黙然、侍者皆涕を飲むのみであった。かくして岩倉具視は翌20日午前7時45分を以て薨じた、年59。天皇震悼あらせられ、廃朝3日、且つ陸軍・海軍・司法三省に命じて死刑執行を停めしめられ、23日柩前に御誄詞を賜い、25日国葬を以て東京府下荏原郡浅間台に埋葬した。
「歴史回顧日々読本」(昭和6年刊)より
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